親が子どもの「スタートボタン」になってない?ーー幼児も小学生も同じ。主体性を育てる親の声かけ

「歯磨きしようか?」 「そろそろ着替えようか?」 「宿題はやった?」 「明日の準備は大丈夫?」

怒らないように気をつけながら、できるだけ優しく声をかける。 すると、そのときは動いてくれる。

でも気づけば、毎日同じことを言っている――。 そんな経験はありませんか?

子どもの主体性を大切にしたい。 だからこそ、「早くしなさい!」「何度言ったら分かるの!」とは言いたくない。 代わりに、優しく提案したり、一緒にやろうと誘ったりする。

それは子どもを思う愛情から生まれた、とても自然な関わり方です。

けれども、もしその優しい言葉が、かえって子どもの「自分で動く力」を育ちにくくしているとしたらどうでしょうか。

「じゃあ、優しく言ってもダメなら、どうすればいいの?」 そう思われるかもしれません。

先に結論をお伝えすると、子どもが動かないとき、あえて「優しい言葉をかけずに、じっと見守る」という選択をすること。これこそが、子どもの主体性を引き出す一番の近道になるのです。

今回は、親の優しい声かけに潜む意外な落とし穴と、子どもの主体性を育むために大切なことについて考えてみたいと思います。

子どもの年齢が変わっても、本質は同じ。「親が言ったら動く」の共通構造

子どもの年齢によって、親の悩みや声かけの内容は変わっていきます。

  • 幼児の保護者:「歯磨きしようか?」「お片付けしようか?」
  • 小学生の保護者:「宿題したの?」「明日の準備は大丈夫?」
  • 中学生の保護者:「テスト勉強は?」「提出物は終わった?」

一見、年齢ごとに違う悩みに見えますよね。 でも、実は「起きている構造」はまったく同じです。

それは、親が子どもを動かそうとしていて、子どもは「親の言葉」をきっかけに動いているという構造。つまり、「自分で必要だから動く」のではなく、「親が言ったから動く」という状態です。

主体性の問題は、小学生になって突然始まるわけではありません。幼児期からの日常的な親子の関わり方が、そのまま地続きでつながっているのです。

パターン1:優しい言葉が「行動のスタートボタン」になってしまう

子どもがなかなか動かないとき、私たちはつい声をかけたくなります。

「やってみる?」 「そろそろ始めようか?」 「準備してみる?」

怒るよりも、ずっと温かくて優しい言葉です。 子どもからの反発も少なくなって、ちゃんと動き出してくれることも多いでしょう。

一見おたがいに気持ちよくものごとが進んでいっていいことのようにみえます。

でも、それが毎回続くと、子どもは少しずつ「自分で気づいて動く」よりも、「親が言ったら動く」ことに慣れていきます。

すると行動のきっかけが、自分の中ではなく親の声かけから生まれてしまいます。

親は優しく関わっているつもりでも、結果として「親が行動のスタートボタン」になり、子どもはそれを待つのが習慣になってしまうことがあるのです。

パターン2:「こうしてみる?」の裏にある見えないプレッシャー

親は純粋な提案のつもりでも、子どもはそう受け取らないことがあります。

「こうしてみる?」と言われると、子どもは「お母さんはそうしてほしいんだな」「その方が喜ぶのかな」と、大人の色を敏感に感じ取ります。

親を困らせたくない、喜んでほしい。 そんな健気な気持ちから、親の期待に合わせて行動しているケースは少なくありません。

もちろん、親を思いやる気持ち自体はとても素敵です。 ただ、それが日常化してしまうと、「自分はどうしたいか」よりも「親はどうしてほしいか」を優先する習慣につながってしまうリスクもあります。

パターン3:「一緒にやろう」に潜む二つの落とし穴

「一緒にやろう」という言葉には愛情が詰まっています。だからこそ、多くの親が日常的に使いますよね。 ただ、この言葉には二つの盲点があります。

一つ目は、「困ったら親が助けてくれる」という依存です。子どもが工夫したり試行錯誤したりする前に親が関わることで、自分で考える機会が減ってしまうことにもつながります。

そして、もう一つの落とし穴は、もっと見えにくいものです。

それは、「一緒だからやる」という状態です。

幼児なら、「お母さんと一緒に歯磨きするからやる」「お母さんと一緒に片付けるからやる」になります。

小学生なら、「お母さんが横にいるから宿題する」「一緒に勉強するから取り組める」になります。

年齢が違っても構造は同じです。 本来、歯磨きは自分の健康のため、片付けは気持ちよく過ごすため、勉強は自分の学びのために行うものです。

ところが、行動する理由が「自分に必要だから」ではなく「お母さんと一緒で嬉しいから(お母さんの関心を惹けるから)」にすり替わってしまうと、一人になったときに途端に動き出せなくなってしまいます。

わたしたちが育てたいのは、「一緒ならできる力」ではなく、「自分で必要だと思って、一人でも動ける力」のはず。優しい「一緒にやろう」は、時にその力を遠ざけてしまうことがあるのです。

「言わない」のではなく、「言い続けない」

ここで誤解してほしくないのは、「いっさい声をかけてはいけない」というわけではない、ということです。

幼児期にも、小学生にも、その年齢ごとに必要な教えや声かけは当然あります。 大切なのは、「親の声かけがずっと必要な状態」を当たり前にしないことです。

親が言わなければ始まらない。親が隣にいなければ続かない。 その状態が定着してしまうと、子どもの自律の芽は育ちにくくなります。

子どもが忘れることもあるでしょう。失敗して困ることもあるはずです。 でも、その「あ、やっておけばよかったな」という苦い経験の中でこそ、「次はどうしよう」と自分で考える力が育っていっていきます。

主体性を育てるために大切なのは、親が頑張りすぎないこと

わたしたちは、 「ちゃんとさせなきゃ」 「失敗させたくない」 「周りに遅れないようにしなきゃ」 と思えば思うほど、先回りして子どもを動かそう、フォローしようとしてしまいます。

そして、その焦りが増えるほど、優しい言葉であっても声かけの回数(コントロール)は増えていってしまいます。

主体性は親が与えられるものではありません。子ども自身の中から、じわじわと生まれ育っていくものです。

だからこそ、ときには「待つ」という選択が必要です。 失敗してもいい、少し遠回りしてもいい。 そう思える親側の心の余裕(ゆとり)が、子どもの挑戦する力を後ろからそっと支えていきます。

親子の時間は「動かすため」ではなく「楽しむため」に

もちろん、親子で一緒に過ごす時間はとても大切です。 ただ、その時間を「やらせるため」「できるようにするため」につかうのはもったいないです。

ゲームをしたり、散歩をしたり、公園で遊んだり、くだらない話で笑い合ったり。 何かを教えるためではない、ただ「一緒に楽しむ時間」。

そんな条件のない時間が、子どもにとって最高の安全基地(安心感)になります。そして、その安心感こそが、一歩踏み出して自分らしく挑戦する力の土台になっていくのです。

まとめ

子どもの主体性を育てる親の関わり方は、幼児でも小学生でも変わりません。

  • 親が行動の「スタートボタン」になり続けない
  • 提案や誘導をしないようにして、自分で考える時間を残す
  • 失敗も含めて、信じて任せてみる
  • 親子の時間は「課題解決」より「ただ楽しむ」を大切にする

子どもは本来、自ら育つ力を持っています。 親が少し肩の力を抜き、その力を信じて見守ること。その積み重ねが、「自分で考え、自分で動ける子」の未来を支える、何よりの大きな力になるのではないでしょうか。

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